新着情報 News

  1. トップページ
  2. 新着情報
  3. 思い出のヨーロッパ(1997)

社長ブログ

思い出のヨーロッパ(1997)

ルーマニア・ハンガリー

ルーマニアへ「日本文化週間」の開催で行きました。(1997年6月)

当時チャウシェスク政権崩壊後7年目とうことで、至る所に弾痕が残り、生々しさがありました。 僕は戦争は知らないので、現実だったんだとビックリしたのを覚えています。

入国するときは「ビザ」が必要でしたが、帰りには不要になるなど、色々と変化の時でした。

驚いたことは、飛行機にビデオカメラの電池が持ち込めず外してCAに渡したこと、デジタルカメラが軍事部品にあたりルーマニアに持ち込めなかった事、 電車で国境を超えるとき出国前の駅に止まり、ライフルやピストルを持った軍人が列車の両側に並んでいて、びっくりしました。 その後、国境を越え次の駅へ着くとまた止まり、入国審査がありライフルを持った軍人と、入国審査官のピストルを持った女性が遣って来て荷物の改めなどがあり、非常にびっくりしました。  僕のビデオカメラはデジタルでしたが英語で書いてあったので没収されずに済みました。

入国審査官が帰宅?

スイス航空からハンガリー航空に乗り換えるとき、メンバー何人かが入国審査が済んだところで、入国審査官の勤務時間が終り書類を持帰ったため、残りは空港から出れなくなり、現地語で書かれた書類をもう一度書くことも出来ず、会う事も出来ず心配しましたが、しかし英語が話せるメンバーがいたので何とか通じ、数時間も待たせられ、再開会することが出来ました。

景色が全く違う!

歩いても汗が出ない!

湿度が低く歩いても全く汗が出ないんでこれもびっくりでした。

↑コンコースが低い!  これも初めて。

現地の方は「座禅」を知ってる人がいっぱいおられました。

話しを聞くと、現地の大学で日本語を学び、書道や座禅など研究されている方で、漢字も書ける人たちでした。

ポスターが柱に!

打合せ中!

↑写真がありました。

僕が日本の建築の説明をしている所です。

エマさんと言う通訳の方でしたが、僕が話す建築専門用語を直接ルーマニア後に翻訳されていました。 建築の知識もあったようです。 エマさんは日本の大学を出た方でした。

この時、参加者の方に言われた言葉に、「古民家再生は、その時代の道具を使い、その時と同じ時間を掛けないとだめです。」と言われました。 電気工具など使うことは古民家再生とは言わないと言われ、大変ショックでした。 日本でも文化財保護ならそうしていたかもしてませんが、「平田市がする古民家再生」でしたので…なるほど。でした。

今でも古民家を断熱改修したりしていますが、建築基準法とお客様のやりたい事と予算の壁に毎回悩まされています。

初めてヨーロッパの建物を見た瞬間でした。

お問い合わせ Contact Us

建築に関するお問い合わせは、お電話、メールフォーム、LINEより受け付けております。ぜひお気軽にご相談ください。

ページトップに戻る