社長ブログ
山は「掃除をしろ」と言っているのかもしれない
山火事と出雲風土記
出雲風土記を読みながら、ずっと疑問に思ってきたことがあります。
なぜ昔の人々は、あれほど山奥に家を建てて暮らしていたのか。道路もないような場所に、なぜ生活の拠点を置いたのか。
我が家の元家も、現在よりさらに山奥にありました。また「二十八人持」と呼ばれる共同の山も所有していたと聞きます。しかしその場所は今でははっきりしません。それでも税だけは払い続けている。なぜそこまでして山を持つ必要があったのか、長い間考えてきました。
現代に目を向けると、私たちの生活は原油、特にナフサに大きく依存しています。建材の多く、実に80%どころか95%近くにナフサが関わっているとも言われています。世界中がこれに依存し、それなしでは成り立たない社会になっている。この状態は、あまりにも偏りすぎているのではないかと感じます。
では代わりはあるのか。そう考えたとき、当然のように「木材」という答えに行き着きます。しかし現実には、木を伐る人もいなければ、簡単に搬出も製材もできない。資源はあっても使えないのです。
そこで一つの仮説に至りました。
「山で暮らせばいいのではないか」
かつて我が家が山奥に住み、多くの山を持とうとしたのも、生活そのものが山と一体だったからではないか。燃料も資材も、すべて山から得るためには、そこに住む必要があったのではないかと考えるようになりました。
先日、法事の折に氏神でもある山口神社に参拝しました。そこは出雲風土記に記される神名樋山の中心、「要石」にあたる場所とされています(諸説ありますが、いわゆる持田説です)。この地は、水と燃料という、人が生きるために欠かせない二つが揃う場所でもあります。
また、戦後の航空写真を見ると、山の頂上近くまで開墾され、稲作が行われていたことに驚かされます。当時の収量は現在の三分の一程度。肥料も機械もない中、人の手だけで三倍の面積を耕していたのです。そこには、山と共に生きる必然がありました。
ここで改めて山火事の問題に目を向けると、現在の山は明らかに手入れが行き届いていません。枝打ちされた枝がそのまま放置され、乾燥しきった可燃物が山に積み重なっています。風通しも良く、一度火がつけば止めることは難しい状態です。
本来であれば、こうした枝や落ち葉は燃料として利用され、山は自然と「掃除」されていたはずです。しかし今は、それが行われていない。このことが、大規模な山火事の一因になっているように思えてなりません。
ではどうすればよいのでしょうか。
かつてのように山で暮らすことは、現代社会では現実的ではありません。しかし、山と無関係に生きることもまた限界に来ています。
重要なのは、「山に戻る」ことではなく、「山と再び関わる」ことではないでしょうか。
木材や間伐材の活用、地域でのエネルギー循環、そして山に手を入れる人を増やすこと。そうした小さな積み重ねが、山を守り、同時に私たちの生活の持続性を高めていくのだと思います。
山はただそこにあるのではなく、人が関わることで初めて健全に保たれる存在です。
もしかすると山火事は、「放置してはいけない」という山からの警告なのかもしれません。

